雑誌広告2020_08
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小説で何かを伝えるとき、自分の名前を挙げてもらえるのは自信になる主人公です。「ウイスキーのおもしろさを伝える」という先方の発注に対し、一見関連性の薄いミカンをキーアイテムに設定したところがユニークですね。朝井 これは就活のときと似ているんですが、タイアップの依頼をいただいた際、私はその商品のブランドサイトを見るのが好きなんですね。このときもヒントを探して閲覧していたら、いろんなウイスキーの楽しみ方を紹介したページにめぐり着いて、ミカンをウイスい。その結果、各短編の前に実際の「発注書」を入れ、「一体どうやって越えるん本文後に「感想戦」を載せることを思い付いたんです。─タイアップの舞台裏、作家の手の内まで見せてしまう発想ですね。なぜこのような仕掛けを?朝井 最初に「今からこういうハードルを飛び越えますよ」と提示することで、─タイアップを執筆する際、大切にしているポイントや守っているルールなどはありますか?朝井 先ほどお話しした「クセ球を投げたい」とも重なるのですが、PRするモノを直接ストーリーに登場させたり持ち上げたりするのは、できれば避けたいと思っています。可能なら事前に一度その商品を体験してクライアントさんが強調したいポイントを体感しつつ、それを自分なりに「ふやけさせる」というのかな。─ふやけさせる?物語の起承転結に加えてだろう」と想像しながら読むゲーム的な面白さを付与できるんじゃないかなと思いました。内心、読者の顰蹙を買うんじゃないかとビクビクしていましたが、想像していたより肯定的なリアクションが多くて、嬉しかったです。朝井 普遍化した上で、物語に溶かし込むと言うと伝わるでしょうか。例えばサッポロビールの「エーデルピルス」について書かせていただいた際、先方が示された条件は、文中に銘柄名が出てくること。あと「高貴な香りがする」という特長が入っていることでした。でも「高貴」という表現は、日常の中に置くと浮いてしまう。そこで担当の方にお願いし、思いきり甘えて「独特の香り」と言い換えさせてもらっています。また発注書には、この商品の楽しみ方として「三度注ぎ」「スフレ泡」というキーワードも載っていました。三回に分けてグラスに注ぐということは、通常よりたっぷり時間がかかる。そこから「私も含め現代人は待つことに耐性がなくなっているんじゃないか」という発想が広がっていきました。─なるほど。この掌編では、大事なプレゼンをした若手サラリーマン二人がバーに入り、ジリジリしながら結果の電話を待っている情景が描かれます。この設定は「三度注ぎ」から生まれたんですね。朝井 はい。そんな感じで広告のキーワードから見出した普遍性に人間特有の心情を絡められれば、宣伝材料に小説を使う意味も生まれるのかなと。私自身そちらの方が書いていて筆が乗りますし、結果的に、より広い層に届く表現になると思っています。─アサヒビールの「ブラックニッカ」とタイアップした短編「蜜柑ひとつぶん外れて」は、東京に馴染めない地方出身の若い女性がキーで漬け込むと美味しいという情報に出会えました。そこから主人公の人物設定やオチの展開などを引っ張ってきた感じですね。─朝井さんがどうやって発注を噛み砕き、自分の領域に引き寄せて小説にしているかがよく分かりますね。今後もタイアップ小説は手掛けていきたいとお考えですか?朝井 そうですね。今回、普段の自分の読者層とは違う方々から予想以上にたくさんのリアクションをいただけて、すごく嬉しかったんです。思い切って大っぴらにしてみてよかったなと。紙媒体以外にも多様なメディアが発達している今、企業の方々が小説という形式で何かを伝えようと思ってくださること自体、作家である自分にとっては有り難く、嬉しいこと。そして、そういう企画が立ち上がった際、依頼先として名前が挙がるというのは自信に繋がります。10年後に『発注いただきました!2』が出版できたら、すごく幸せだなと今は思っています(笑)。6 キーワードから見出した普遍性に人間特有の心情を絡められれば、小説を使う意味が生まれる

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